自分の理想の先生になる。

僕はバジル・クリッツァーさんという
ホルン奏者の方のブログを愛読しています。

そのバジルさんが、
こんな内容を書いてくださっていました。

「失敗が上達の栄養になるとき」

すごくいいなあと思ったのは、この部分です。

***

ふつうの感覚では、一回目も二回目も
当てたい音が当てられなかったから「失敗」となります。
どっちも単純に「ダメ」だったと分類されて終わりなわけです。

しかし、本当に「ダメだった」のでしょうか?

否、これはちっとも「ダメ」ではありません。

なぜなら、上達しようとする脳や身体にとって
二回のチャレンジとそこに付随した結果は
どちらも貴重なデータであり、
データのおかげで目指しているものに
近付くことができたのです。

***

失敗→「ダメ」ではなく「貴重なデータ」。

エジソンも

「失敗ではない。
うまくいかない方法を一万通り発見しただけだ」

と言ったそうですが、そんなふうに思えれば、
一つひとつの失敗で心を痛めずに済みます。

こうした記事や言葉を見ていると、
つくづく、
「自分が自分にとってどういう先生か」
が大事だと感じます。

失敗を「ダメだ」と責めるのにも使えるし、
「データ」として次の工夫にも使える。

それを選ぶのは自分だからです。

歌がすきになるための一つの方法として
「自分が理想の先生になる」というのは
いいんじゃないかな、と思います。

そして、それが難しいときには、
「自分よりも自分の可能性を信じてくれる人」
「自分よりも理想の先生に近い人」
に近づいてみるといいんじゃないか。

でも、まあ、いろんな人がいますから、
単純に油断していいものかは微妙ですが、
少なくとも僕の場合は、
運良くそうした人に巡り会えて
それなりにましな「自分の先生」に
なれてきた実感があります。

まあ、あんまり気張るとしんどいですから
「まし」くらいでいいのかもしれないですね。


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