「できない」のではなく「可能性」なのかもしれない。

先日の『歌の稽古場』での1シーン。

ボイストレーニング中、
僕が来ていただいた方の
腰の後ろに手を当てて、
歌うときにどれだけ筋肉が
動いているかを確認していたときのこと。

高い音になったか、
姿勢が変わったかして、
手を当てていたところが
あまり動かなくなりました。

その瞬間、参加された方が
「あ、やっぱりできない」
とおっしゃったんです。

でも、そのとき僕は
「ここはできる可能性があるな」
と感じていました。

で、この感じ方の違いって
結構大きいかもしれないなと思っています。

「できない」と思っていると、
その筋肉は「できない」状態で固定されるのに対し、
「できる可能性がある」と思うと、
筋肉にはまだ可動域があるように感じられるのです。

これはそういうふうに思い込め、という話ではなく、
実際にそうだよ、という話をしているつもりです。

僕が「できる可能性がある」と言ったのには
ちゃんと根拠があって、
その筋肉はエクササイズなどで定期的に動かし続ければ
(たぶん)誰でも動くようになるからです。

自分から見たら「できない」ように見えることも
そこを通ったことがある人から見ると「可能性」に見える。

そう思うと、私たちのこの体は
見る人が見れば「可能性の塊」なのかもしれません。

それってずいぶん希望が持てる見方じゃないかなと思います。

自分の可能性を見つけてくれる人に出会えたら
その「できないこと」は
できるようになる糸口をつかんだことになります。

もちろん言われたとおりやらないと
可能性は育たないのですが、
でもね、確実にスタートラインにつけると思うんです。

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