ふたりの作者と、バックドロップ。

この間、誰かから言われた一言を、
家に帰って、思い出して、
「ちくしょう」と腹を立てていたときに
思ったことがある。

それは、僕(ら)は、
人生の筋書きを自分で書いている、
ということだ。

なぜかというと、
この思い出し怒りのときに
僕は、もういなくなっているその人を
わざわざ頭の中に登場させて、
小説を書くようにして怒っていたからだ。

これに限らず、僕たちは、
一人で想像の中で物語を書いて、
笑ったり怒ったりできる。

それに習熟すると、
誰かが言った一言で、
即座に物語を呼び起こして
反射的に感情的になることもできる。

というか、
そんなふうにして物語の中で
心を運動させている時間の方が
長いとすら思える。

なんてことを思っていたのだけれど、
よくよく考えると、この物語には、
僕以外に、もう一人作者がいると感じる。

その人は、僕が書いた筋書きを
消しゴムで消して、
その上からちがう展開を書き足す。

そんなとき、僕は
「思い通りにならない」と思う。

その、もう一人の作者のことを
僕は「人生」とか「成り行き」と呼んでいる。

で、僕のストーリーが採用されたり、
彼のほうが実現したりという感じで、
日々暮らしている。

とはいえ、歳をとるにつれて、
僕は自分で書くことを放棄して、
彼の書く物語に感心する時間が増えてきた。

そんなことを思っていたら、
友達のカウンセラーの
高落 伸(たかむら しん)さんが
フェイスブックにこんなことを書いていた。

個人的な憧れのゴールに向かおうと頑張り始めると同時に、それを引き止めようとする力も生まれ働く。

向かおうとする奮闘努力が止むと、引き止めようとする力も抜けてしまう。

それで動きが止まってしまうわけでもなく、背面から垂直に落下するような行くあて知れずの動きが、加速して行く。未知なる道。

そういう後ろ向きのジェットコースターが
USJにあるけれど、あんな感じで
バックドロップしていくのが人生なんだとしたら、
ちょっと驚きだ。

どうして「背面」なんだろう。
よく分からない。

で、そんな不思議なことを言う高落さんと、
8月に面白いことをしようと思っている。

「歌のひみつ」に迫る
めずらしい体験をご提供できそうで
いまからとても楽しみだ。

来週には、ご案内できると思います。
どうぞ、お楽しみに :-)

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