心の地層。

最近
「表現することって、なんなんだろう?」
と考えている。

例えば、ケンカをしたとき。

思いっきり怒ったその下に、
思いやりの気持ちが
ひょっこり隠れていたりすることがある。

はじめは「怒る」しかなかったのに
「怒る」を吐き出したら、
その下に別のものがあるのだ。

「あ、本当は怒りたいんじゃなかった」
っていうことも、しばしば。

それは地層のように積み重なっていて
まず上にある
「怒り」を表現してやらないことには、
下の「思いやり」は出てこられないらしい。

だからといって、毎回ケンカはしたくない。

そんなときに音楽が、
「怒り」のような扱いづらい感情の
はけ口になるのではないかと期待している。

ガンガンにロックをかけて、思いっきり叫ぶ。

それだけで「怒り」のかたちを
とっていたエネルギーは、
別になにかとして発散される。

『魂うた®』は、
その「いつもは表現されないエネルギー」に
形をあたえる。

感情のストレッチ、
と言ってもいいかもしれない。

ふだん物静かなひとの中にも
ロック魂が入っていたりするし、
快活なひとの中にも
思わぬ陰鬱な気持ちがあったりする。

これらは、日常では
なかなか表現されにくい。

でも「歌」の力を借りると、
すっと表現できる。

これは『魂うた』をはじめて
ますます実感していることだけれど、
それがどんな感情であっても、
暗い話でも、自殺の話でも、
その人の心に触れて表現されたものは、
聞き手を感動させる。

どういう「いい」なのか分からんけど、
めっちゃいい。

これまで何回も
そういう感想を口にしてきた。

「オトナ」は、
喜怒哀楽をあまり表現しないもの。
僕はそう思っていた。

でも、違った。

僕のいる世界では、
みんな大いに表現する。

正直びっくりするようなことも、
はじめの頃はあった。
(いまは慣れた。)

これ以上ないほどの
表現、表現、表現の中から、
ピッカピカのなにかが飛び出してくる。

それは
「オトナ」になったからって、
まったく衰えていない。

それどころか、
時間が経ったぶん、
熟成されてんじゃないの?
というような、

その人にしか出せない輝き、
その人でなければ成立しない歌が
あらわれる。

今週土曜日は、
新浦安での『魂うた®1day』だ。

参加した方々の「心の地層」を
掘り進めていったら、
いったいどんな鉱石が出てくるのか。

かつて勤めていた
あのテーマパークのすぐそばで、
どんな時間が過ごせるのか。

書きながら、
だんだんワクワクしてきた。

まだお席ございます。
夏の疲れも、溜まった気持ちも、
どーんと表現しに、ぜひ来てください!


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