自分で自分のことがわかっていないことって、よくある。

昨日「アレキサンダー・テクニーク」という、
歌ったり楽器を弾いたりしているときの
体のつかい方をみるワークショップに参加した。

キーボード、トランペット、ホルン、
それにコルネットっていったかな、
見たことのない楽器の人もいて、
それぞれ 講師の先生に演奏の様子を見てもらっていた。

面白かったのは、
全員が自分のしていることに気づいていなかったこと。

その体のつかい方が緊張をつくっていることに、
先生から指摘されるまで気づかず、
別の動きを提案された途端にラクになる
ということが、全員に起こった。

自分は「自分の知っている自分」だけでは、
存在していない。

このことが分かってきたのは、
『魂うた®』に出会った頃からだ。

そのあたりから、
人が自分について語る言葉には、
けっこう嘘が含まれていると思うようにもなった。

たとえば、『魂うた』では、
「私は歌えない」と言っていた人が、
すごくいい歌をうたったりすることが頻繁にある。

本人にとっては
「歌えない」自分がリアルなのだけれど、
歌えてしまう。

他の人から見たら明白な魅力が、
本人には分かっていないこともよくある。

「いいですね」って言っても
「いやいやいや、そんなことありません!」
と全力で否定する人に、僕は何人も会ってきた。

アレキサンダー・テクニークでも同じで、
「自分の知っている自分」は、
しんどい姿勢をとっていることを知らない。

どこかで覚えた動き方や考え方の癖が、
顧みられることのないまま、
ストレスの溜まる方法でエネルギーを浪費している。

それが、他の人には、はっきり分かる。

「自分で自分のことを分かっていない」というのは
「自分の魅力をだれかが発見している場合がある」
ということだと思う。

そんな不思議があるから、
人と出会うのは面白いことなんだと思う。

そう思うと
「なーんもわかっちゃいねぇ」くらいの方が、
気楽でいいのかもしれませんね。

ということで、皆さん、
自分で自分についている嘘には
ご用心ですぞ。

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