ああ、あなた! ああ、わたし!

週末の新浦安『魂うた®』の最終案内を書いていたら、
「ああ、あなた!」という言葉がぴょんと出てきました。

こういうことって、時々あります。
勢いあまってというか、
どう言ったら分からないところを、
ええい!と突き抜けるような言葉が、いきなり出てくる。

思えば、『魂うた』には、
<ザ・あなた・ショー>という側面があります。

僕や参加された方々が、毎回感動しているのは、
歌でもあり、
参加してくださった一人ひとりの人柄や魅力、
大きく言ってしまえば「存在そのもの」でもあるんです。

ふだん歌うのとは全くちがう安全な空間の中で、
いつもと違う歌い方をしたときに、
「自分」だと思っていた体の中から、
思いもよらない表現が飛び出してくる。

そのときの感嘆の言葉が、
「ああ、あなた!」
(そんなこと一言も言ったことないけど、笑)。

「これ、歌のクラスじゃないぞ。なんだかすごいぞ」
と書いてくれたのは、
明後日の参加者、大森麻里さんですが、
あなたの「あなた!」に触れる時間なので、
歌のクラスとは言えないのかもしれません。

で、『魂うた』で歌う「あなた」の奮闘は、
見ていると途中から、
あまりにも「わたし」だと思えることがあります。

何にもらい泣きしてるのか分からないけど、
もう泣けて仕方がない。

そういう場面に出くわした人も、少なくないはずです。

ああいうのって、
「ああ、あなた!」と思うとき、同時に
「ああ、わたし!」というふうに
愛おしく思っているんじゃないかしら。

なんだか謎めいたことを言っていますが、
あなたがあなたであることを、
思いっきり「すごい!」と思わされる一日が、
もうすぐ関東ではじまります。

もうワクワク、ワクワクしかありません。

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それぞれが、それぞれの山を。

昨日、奥さんと話していて、
つくづく
「人生は山登りだなあ」と感じた。

うちは、僕も奥さんも個人事業主で、
個人事業主というのは、
自分がやらないと何も進まない。

でも、「自分」というのは、
サボりたいし怖がりだし面倒くさがりやだし……
挙げたらキリがないけれど、
そういうヤツなわけで。

だから、はたから見れば
簡単にできそうなことでも、
なかなか思うように進めないときがある。
それも、しばしば。

でも、
その「思うように進めない」も
含めての山登り。

そういう自分との悶着を含めて、
一つひとつ自力で登っていく。

他の人は、手伝うことはできても、
親であれ、旦那であれ、
代わりに登ることはできない。

ほんとうに、
もうまったく無理なのだ。

でも、だからこそ、
お互いの山の中腹で
苦労を分かちあったり、
進捗を称えあったりできる。

このことは、
僕たち夫婦にかぎらず、
仕事や日常で関わる人ともそうだと思う。

それぞれが、それぞれの山を。

自分の山を登る途中で見られる、
その人だけの景色は、
きっと誰にとっても
「ああ、こういうふうに生きてきて本当によかった」
と思えるものなんだと思う。

そう思ったときに、
自分が『魂うた®』を通して
何をしているのかが、
また少し見えてきた気がした。

一つには、
「歌う」ことを通じて、
本人が気付いていなかった力、
魅力、可能性に気づいてもらい、
その存在を祝福すること。

一つには、
「歌う」ことを通じて、
「表現できない」と思っていた反応には
「迂回ルート」があることに
気づいてもらうこと。

そして、もう一つには、
そうして出会い、
真剣にかかわりあった仲間たちと
声をかけあいながら、
それぞれの山登りを称えあうこと。

代わりに登ってあげることはできない。
僕の山を登ってもらうこともできない。

でも、それぞれが、
自分のいのちをいかしきれるように。

互いの登山を応援し、
祝福することは、できるような気がする。

夫婦二人での話し合いの結果、
奥さんの登っている美しい山の姿が
僕には、はっきりと見えた気がした。

「こんなふうになっていくんだ」と
未来が明るく開けた気がして、
なぜか元気になった。

一方、登る本人はといえば、
「やるしかないんだよね……」
とちょっと沈んだ感じに(笑)。

でも見えたら、そこには行ける。

楽観的すぎるのかもしれないけれど、
僕にはそう思えていて、
お互いに声をかけあいながら、
一歩ずつ登っていけたらと思った。

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心の地層。

最近
「表現することって、なんなんだろう?」
と考えている。

例えば、ケンカをしたとき。

思いっきり怒ったその下に、
思いやりの気持ちが
ひょっこり隠れていたりすることがある。

はじめは「怒る」しかなかったのに
「怒る」を吐き出したら、
その下に別のものがあるのだ。

「あ、本当は怒りたいんじゃなかった」
っていうことも、しばしば。

それは地層のように積み重なっていて
まず上にある
「怒り」を表現してやらないことには、
下の「思いやり」は出てこられないらしい。

だからといって、毎回ケンカはしたくない。

そんなときに音楽が、
「怒り」のような扱いづらい感情の
はけ口になるのではないかと期待している。

ガンガンにロックをかけて、思いっきり叫ぶ。

それだけで「怒り」のかたちを
とっていたエネルギーは、
別になにかとして発散される。

『魂うた®』は、
その「いつもは表現されないエネルギー」に
形をあたえる。

感情のストレッチ、
と言ってもいいかもしれない。

ふだん物静かなひとの中にも
ロック魂が入っていたりするし、
快活なひとの中にも
思わぬ陰鬱な気持ちがあったりする。

これらは、日常では
なかなか表現されにくい。

でも「歌」の力を借りると、
すっと表現できる。

これは『魂うた』をはじめて
ますます実感していることだけれど、
それがどんな感情であっても、
暗い話でも、自殺の話でも、
その人の心に触れて表現されたものは、
聞き手を感動させる。

どういう「いい」なのか分からんけど、
めっちゃいい。

これまで何回も
そういう感想を口にしてきた。

「オトナ」は、
喜怒哀楽をあまり表現しないもの。
僕はそう思っていた。

でも、違った。

僕のいる世界では、
みんな大いに表現する。

正直びっくりするようなことも、
はじめの頃はあった。
(いまは慣れた。)

これ以上ないほどの
表現、表現、表現の中から、
ピッカピカのなにかが飛び出してくる。

それは
「オトナ」になったからって、
まったく衰えていない。

それどころか、
時間が経ったぶん、
熟成されてんじゃないの?
というような、

その人にしか出せない輝き、
その人でなければ成立しない歌が
あらわれる。

今週土曜日は、
新浦安での『魂うた®1day』だ。

参加した方々の「心の地層」を
掘り進めていったら、
いったいどんな鉱石が出てくるのか。

かつて勤めていた
あのテーマパークのすぐそばで、
どんな時間が過ごせるのか。

書きながら、
だんだんワクワクしてきた。

まだお席ございます。
夏の疲れも、溜まった気持ちも、
どーんと表現しに、ぜひ来てください!

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「帰ってから家内を抱き締めることができました。」

こんにちは。㐧二音楽室の澤です。

帰ってから家内を抱き締めることができました。
ちょっと驚いてましたが、喜んでくれました。

これは
ある『魂うた®』参加者の方から
いただいた感想(後日談)です。

「名無しでなら」ということで
紹介させてもらいましたが、
この感想をいただいたときに、
ものすごくいいなあと感激しました。

僕よりも年上の男性の方なんですが、
自分が同じくらいの歳になったときに、
こんなふうに柔軟になれるだろうか
(なれたらいいなあ!)と思う方でした。

感じて、動く。
その瞬発力がすごかったんです。

僕はそれまで年上の男性に対して、
「頑固」とか「頑な」といった
イメージをもっていました。

ですが、この方が当日、
誰よりも感じ入り、
涙が流れるのを隠すこともなく、
全力で参加してくださるのを見て
イメージが覆りました。

感じたら、弾けるように動く。

それがたぶん、
人生をいいほうに変えていく
秘訣なんだと思います。

年齢とか、本当に関係ない。
それを教わったように思います。

『魂うた』の感じ方も、
そこで起きた出来事をどう扱うかも
その人次第。

ですが、もしよかったら、
そこで感じたことを種火にして、
なにか新しい方向に動いてもらえたら、
うれしい。

そんなふうに思っています。

そこにはきっと、
いままで想像したこともないような
面白い展開が待っていると思うんです。

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ヘタって、なんですか?

このところ僕は、
普通の曲を普通に「いいな」と思うことが
少なくなってしまった。

9月にステージで歌う機会もあるのだけれど、
はて、どうしたもんかしら?
と分からなくなる始末。

思わぬ副作用だけど、
そのくらい
『魂うた®』での歌との関わり方は、
特殊なのかもしれない。

『魂うた』で聴く歌は、
それまで聴いていた歌とは、ぜんぜん違う。

同じように耳をつかって聴いているはずなのに、
もっと身体ぜんたいが震えてくる。

8月11日の名古屋『魂うた』でも
「この人がこの歌で、この歌がこの人なんだ」
という謎の感想を漏らしてしまった。

自己紹介をする時間は、ほんの少しなのに、
歌を聴くと
「この人は、まさしくこういう人なんだ」
と思えてきてしまう。大好きになる。

プロの歌っている原曲よりも
「この歌は、まさしくこういう歌なんだ」
という説得力を感じることも、よくある。

『魂うた』では、
音程やリズムが「外れる」ことはなく、
「適切な音」を探している状態だと捉えるので、
上手、下手という価値観がない。

それ以外の場面では
「うまいな」とか「いまいちだな」と
平気で思う僕も、
『魂うた』をしていると、忘れてしまう。

「ヘタって、なんですか?」
という価値観の中で、現れる歌と存在。

「あれって、なんなんだろうなぁ」
って、やっている本人なのに、
いつも不思議に思う。

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それって、キセキ?

それって、キセキ?

8月11日(木曜日)に行った、
名古屋『魂うた®』のメンバーの皆さんが、
いま、さかんに交流していて、
僕自身もあの日のことを、
よく振り返っています。

中でも興味を持っているのが
「縁」と「旬」。

『魂うた®1day』は、
7時間とやや長めのプログラムですが、
することがみっちりあるので、
お互いが自由に交流する時間は、
実は、それほどありません。

ですが、終わると
毎回、みなさん、
とても打ち解けている。

はじまる前は、どこから来たのかも、
名前も知らないような一人ひとりが、
「縁」あって出会い、
歌を通して関係が紡がれていく。

その事実が、素敵だと感じます。

また、今回の名古屋は、
その日、その人の「旬」にも
敏感なグループでした。

持ってきた曲ではなく、
その場で思いついた曲を
歌ってもらう機会が増えたのです。

本人も「えっ!?」と
戸惑うようなそれらの曲が、
ことごとく、その人の
内側のどこかに触れました。

こうした「縁」や「旬」は、
僕たちが
コントロールできるものではありません。

ですが、
その日の流れや質に
決定的な影響を与えます。

その日、そのとき、その場所で
出会ってしまったから、
ああいう時間になった。

こうした偶然が、
『魂うた®』というワークショップを
根底から支えているように思えて、
とても興味深く、
あらためて
貴重な時間を過ごせたなあと感じています。

そうそう、この日の一曲目は、
GReeeeNの『キセキ』でしたね。

僕らの出会いが
もし偶然ならば? 運命ならば?

大げさかもしれないですが、
「それってキセキ?」と
ちょっと思ったりもするんです。

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にんげんっていいな。

『魂うた』名古屋にて。

8月11日(木曜日)、
はじめて祝日になった山の日に
名古屋での『魂うた®1day』を行いました。

毎回思いますが、
今回も、すすす、素晴らしいステージっ!

参加者の方に
「なるほど、これはどんなライブよりも面白いわけだ
と言ってもらえて
「でしょでしょ!」とうれしくなりました。

今回は、
女性3人と50代の男性がお2人という構成。
すごくお得感のある、
いいメンバーだったなあと思います。

㐧二音楽室の『魂うた®』は、
現状、女性の方が多めなのですが、
この日のように男女、年代に差があると、
出てくる歌や雰囲気が豊かになる気がします。

とくに今回の男性お二人は、
内側に「少年」を秘めた柔軟な方々だったので、
みんなとても打ち解けることができました。

最後には「にんげんっていいな」を
全員で合唱したりして、
仲良しになれて、すごくうれしかったです。

あと、持ってきた曲じゃない曲を、
その場で歌う回数も
ふだんより多かった気がします。

それぞれにとっての
「旬」に敏感なグループでした。

後半になるほど童謡が増えたのもあって、
みんなで子どもに戻っていったような
感じもしましたね。

誰の中にも、いくつになっても、
男の子、女の子の自分はいることが
確認された夏の日でした。

そんなわけで、いくらでも語れることはありますが、
思いっきり遊び、笑い、涙し、
お互いにつくづく感動した8時間
(を今回はちょっとオーバーしました)。

参加してくださったみなさん、
本当にありがとうございました!

そして、
次の『魂うた®1day』は、
いよいよ関東上陸。

8月27日(土)、
千葉(新浦安)での『魂うた®1day』です!

待っててね!

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かえるのうたが きこえてくるよ。

こんばんは。㐧二音楽室の澤です。

二泊三日の大阪滞在から
名古屋に帰ってきて、
奥さんの顔をみたら安心したのか
「どっ」と疲れが出ました。

カフェでシフォンケーキなどという
洒落たものを食べたあと、
家でふとんに潜って、
ばたんきゅーでした。

でも、
話したいことは、
いっぱいあるんですよ。

あるんですが、ね、
なかなか
「現場」でなきゃ伝わらないことが多くて
(ですから、ぜひ「現場」にお越しください!)。

そんな中でも今日思い出しているのが、
『高落伸さんと歌のひみつを目撃する。』の中で、
「いま歌いたい曲は?」と言われて、
ぱっと思いついた曲が、
本人の自覚していない大事なところに何度も触れたこと。

特に
「少年時代」みたいな大人っぽい曲から、
ジブリを経由して、
「チューリップ」「かえるのうた」
になっていったところは劇的でした。

大人になった自分は歌わなくなった
「かえるのうた」が、
心のどこかでは求められていて、
歌うと、幼いころの自分をよろこばせる。

僕は家にいるとき、
よくNHK教育テレビ(いまのEテレ)の
歌を口ずさんでいるんですが、あれも、
自分でじぶんのどこかを
よろこばせているんですかね。

ということで、
木曜日に迫った名古屋『魂うた®』
メンバーのみなさんも、
いまごろ選曲の最中かと。

「なんでこの曲?」というのが、
ぜんぜんわかんなくてもオッケーですんで、
勘も大いに信頼して、
楽しんで選曲してきてくださいね!

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どんなライブよりも。

最近、どんなライブよりも
『魂うた®』が面白い。

昨年、サザン、ミスチルと
大好きなアーティストのライブに
続けて行く機会があったけれど、
実は『魂うた®』の方が面白かった。

僕は無類のカラオケ好きだったけれど、
この一年くらい行っていない。

なぜかというと、
『魂うた®』で聴く歌は、

歌であって、その人であり、
その人であって、歌であるような、

よそで聴く歌とは違う
なにか「こもった」歌だからだ。

ほんとうの声

「いのちが宿った歌」と言っても
僕にとっては大げさじゃない。

あの
「〇〇さん(参加者さんの名前)の歌」
そして
「△△さん(ここにも参加者さんの名前)の歌」……。

ぜんぜん話したこともないのに、
どういうわけか、 その人のことがわかるような、
そんな歌を、僕は何曲でも、
何人でも思い出すことができる。

それは

「そうそうそう!
この歌は、そういうふうに歌ってほしかった!」

という歌でもあったし、

「ええっ!?
この歌ってこういう歌だったんだ!」

という歌でもあった。

たぶん、 その参加者さんを呼んで、
カラオケボックスで歌ってもらったとしても、
あれにはならないんだと思う。

もう一回ぜひとも聴きたいけれど、
あの日あのときあの場所で、
あの順番で歌われたからこそ、
じーんと響いた歌だったのだ。

『魂うた』が終わった。

自分でやっていながら、
『魂うた®』には謎が多い。

やっているうちに
「ああ、こういうことをしているんだな」
と分かっていくことも少なくない。

その「なるほど!」感も楽しくて、
また次のステージを楽しみにしている。

まずは来週、8月11日(水曜日)。
山の日に、名古屋に集まった人びとは
どんな歌を聴かせてくれるのだろう。

たのしみ!!!

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八月は夢花火。

こんばんは。㐧二音楽室の澤です。

僕は月に2回、文化センターで行われている
「フォーク&ポップスを歌おう」
という講座にギターを弾きに行っています。

そこの生徒さんは、大半が60代以上で、
僕とは成人一人ぶんくらい歳がはなれています。

選曲も「フォーク&ポップス」なので、
ユーミンが新しめになるくらいで、
僕が聴いたことのない曲もたくさんあります。

16ビートの曲ばかり聴いてきたせいか、
中には弾いているうちに眠くなってしまうものも。

(でも、そんな曲が生徒さんには大人気だったりもするんですよねー。
世代っておもしろいです。)

そんなわけで、
毎回新鮮な体験をさせてもらっているこの講座で、
先日、井上陽水さんの『少年時代』を弾きました。

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された
私のこころは夏模様

多くの人に親しまれ、
もうすぐ40代の僕と、
60代の生徒さんたちが共に出会える名曲。

歌っていると、
夏のにおいがしてくるように感じます。

でも、この曲。
実は、なにを言っているのか、
さっぱり分かりません。

目が覚めて 夢のあと
長い影が夜に伸びて 星屑の空へ
夢はつまり 思い出のあとさき

???

言葉の意味はよく分からんが、
とにかくすごい。

そんな感じです。

そして「ああ、夏だなあ」と
訳もなく思わされます。

理屈や意味ばかり
追いかけるのに疲れたとき、
こういう曲がいいなあと感じます。

なんか、なんとなく、わかる。

そういう
「なんか、なんとなく、わかる」
という感じこそが、
世代をこえて愛されるのかもしれません。

八月は夢花火
私のこころは夏模様

八月になりました。
今年は、どんな夏になるんだろう。

うつくしくて、
なんだか物悲しくもある
この曲のことを思いながら、
この文章を書いています。

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